オトキュウ その2
翌日、雪はあがったものの風は相変わらず強く、空はどんより曇り空でありました。さて、観光といっても酒田は不案内で、昨日お世話になった「ポットフー」で教えて頂いた所へ一寸ぶらぶら寄り道し、その後帰宅予定と致しました。折角はるばる酒田まで来たのですから昼もゆっくりと食事を済ませてからということでまずは昼の寿司屋「こい勢」に行くことを決めその前にぶらぶらと・・ 酒田は北前船の湊として栄えた所、「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と歌われた本間家のあるところでそこは外せません。もうひとつは山居倉庫土蔵作りの米穀倉庫でなかなか見応えのあるもののようです・・ ということで朝9時過ぎにホテル近くの山居倉庫へ徒歩でぶらぶら・・。とはいうものの雨・雪は降っていませんでしたが風が強い。酒田は風の町で有名だそうですが、一寸強い風が吹くと歩くのも支障が出るほどでした。 山居倉庫は川の畔にあり土蔵作りの倉庫が長く連なった様な形で雪の中の眺めはとてもきれいなものでした。裏に回ると日除けの欅並木が倉庫に沿ってあり、丁度裏側から倉庫を覆うような形できれいに伸びており雪の白さと、倉庫黒い壁の色とがなかなかのコントラストで美しいものでした。
倉庫・・・ 雪の中でとてもひっそりした感じでした。 現在も使われているそうです
裏に回ると日差しを避けるための欅並木 きれいでした 川沿いの倉庫から山居橋を渡り町中の「旧本間家」へと向かう、この時も雲り空ではありましたが風が強く、足下が悪いので思う様に進めないほどでした。旧本間邸は撮影禁でありましたので入り口の門構えだけバチリ、中は書院作りの平屋建て武家造りと商家作りに分かれた平屋の広いお宅でした。武家造りの部分は幕府の巡見使を迎える為に作られたそうですが何と一度だけその為に使われただけだそうで、家族は殆ど商家作りの部分に住んでいたとか、さらになんと昭和20年まで本間家が住居として使用していたというお話しに歴史を感じさせられました。
旧本間邸 中に入ると玄関には大きな松が入り口を覆うように生えていました。 さて、次は地図を片手に歩いて行ける所ということで「旧鐙屋」へ、ここは北前船で栄えた酒田の湊の廻船問屋の後、土間作りの屋根に特徴のある建物でありました。中には吊し雛が飾られていたり、昔を思わせるように帳場に人形がいたりとテーマパークのようではありました。最近放送されたNHK「おしん」の撮影に使われたそうです。さてさて、まだ昼にはもう少し時間が早いので更に足を伸ばして、即神仏を祀ってある海向寺というお寺まで雪道の町を歩くこと約15分、その途中に映画「おくりびと」の撮影に使われた古い建物も見つけました。
吊し雛
NKエージェント という設定のようでした この前を本木さんが歩いている写真が飾ってありました そういえば酒田で撮影されたというような話をどこかで聞いたような・・・。建物は見学できるようになっているようでしたが、お寺にお参りをしてそろそろ時間かなということで、昨日仕入れた情報から「こい勢」という鮨屋へ向かうことと致しました。 さて、11:40分頃に「こい勢」に到着すると、予約はせずに伺いましたが何とか滑り込みセーフ、カウンターに席を確保致しました。昼から熱燗で一杯・・正に「大人の休日」です。喉黒の塩焼きとカニの甲羅蒸しで一杯やりながら大将のお任せを待つことに、私が座ってから次から次にお客が押し寄せ、予約客が殆どのようですぐに入れた私はラッキーでした。日本酒をちびりちびりとやりながら待つこと1時間ほどでお任せ握りが出て参りましたが、なるほど一貫ずつ手を掛けた握りはとてもおいしく頂けました。のどぐろのあぶり、ふぐの白子などはなかなかのものでした。
のど黒の塩焼き 美味でした
一貫ずつ仕事がしてある握りが10貫 締めて3000円 とても美味しく安さにびっくり・・ さて、酒田14:00発の陸羽西線(奥の細道最上川ライン)快速で新庄へと向います。車両はワンマンカーで、広い庄内平野から雪の最上川に沿って走る車窓の雪景色は時々窓に当たる雪やみぞれの音と相まってなかなか壮観なものでした。
奥の細道最上川ライン というそうです ワンマンカー
雪深い山の中の景色 新庄に付いた頃には青空が見えるほどになったおりました。 さて最後は新庄15:17発「つばさ150号」で東京へと向かいました。山形を過ぎ米沢当たりは豪雪地帯、またまた雪深い中を走る新幹線もわくわくとする景色が続きました。東京には18:48着 これで大人の休日は お・し・ま・い またお得な切符が取れる時期に乗り鉄に行きたくなりました。皆さんも如何ですか・・?
やまびこ150号 以前と色が変わりましたね
山形から米沢当たり 雪深いです