クラス会
どこの学校でも卒業後何年もたつと同窓が集まり、昔話に花が咲く機会がでてくるものだ。特に同じクラスの仲間は印象深い。私は以前お話しした区立の目白小学校から私立武蔵中学高校へと進み、日本医科大学と進んだ。出身校のクラス会のチャンスとしては小学校、高校、大学と3つあるわけだ。公立の中学へ進んでいればさらにもう一つ増えて4つのクラス会あるいは同窓会があることになる。
さて、私の小学校のクラス会はなんと毎年開かれている。初めは大学卒業数年後の年齢25歳くらいから始まったものである。私は最初からの出席者ではないが1983年からは略毎年のように顔を出している。目白小学校昭和40年3月卒業6年4組だ・・。その頃は一クラス50名ほどの人数で一学年5組なので1学年250名ほどであった。今からはとても想像できない人数であろう。その6年4組の十数人が毎年のように目白に集まり担任の先生を囲み昔話や近況報告などをして楽しいひとときを過ごしている。目白に住むかなりマメなクラスメートが段取りをしてくれる。最近は揚子江という中国料理店で6月の土曜夕方と決まっているので予定も立てやすく略毎年のように足を運んでいる。担任の先生も私の母と同じ年齢くらいであるがまだまだお元気に出席して下さる。出席するクラスメートも男女略同数ぐらいで最近は同じような顔が集まる。皆歳をとってくると風貌も変わってくるのは当然で、昔の美少女美少年も頭が薄くおなかが出てきたりしている。そろそろ仕事も定年近くなる年齢で、皆それぞれ大きな企業で要職についているが小学校の同級生の前では何を言ってもかなわない・・。某銀行常務、某商船副社長といっても、怖いおばさまや我々の前では悪ガキの印象しかなく、小学生の頃のいたずら話で威厳も何も吹っ飛んでしまう。クラス会・同窓会の楽しいところである。
また、意外なところで同窓を発見することもあり、先日渋谷地区の医療連携の研究会でお会いした広尾にある病院の外科部長の先生は同じ目白小学校の出身であることがわかった。また、その話から、先日患者さんを手術の依頼でご紹介した虎ノ門方面の病院の外科部長も目白小学校出身であるとか・・。なんだか急に距離が近くなった気がするのも不思議なものである。 さて、この数年正月にもう一つ高等学校の担任に新年のご挨拶にも伺っている。これは比較的年に何度か会う機会がある同期の仲間と、最近の武蔵高校の話などを話しに行くものであるが、これも楽しみにしている。最近の受験事情や生徒の資質、教育など我々の青春時代とは全く事情が異なっているようだ。こちらは久し振りに今年の5月に同期会を武蔵高等学校で行う予定・・。小学校のクラスメートとは違う集団で、こちらでの仲間との再会も楽しみにしている。 昔話が楽しいと思うようになったのは歳をとった証拠でしょう。 まだまだ新しい何かに挑戦するものも見つけなくては・・・